壱岐焼酎について

江戸時代より伝わる伝統

イメージ 古来より高度な文化が往来した地であった壱岐は、 3世紀に記された魏志倭人伝一大国(一支國)という国として記載されています。 その中には、「田地あり」との記述があり、当時から麦や米などの作物が豊かであったことが想像できます。

壱岐焼酎がいつからどのようにして造られ始めたのかをはっきりと記す文献は無いのですが、 言い伝えによると、戦国末期頃には焼酎が造られていたようです。 この頃壱岐では米が豊富だったため清酒作りが盛んでしたが、江戸時代になり幕府の参勤交代が敷かれると、 藩の財政が切迫し米が不足したため、麦での焼酎作りが盛んになったそうです。

当時の焼酎作りは個人で作る、いわゆる【どぶろく】でしたが、明治32年酒税法が施行され密造酒が禁止されたため、 酒類製造免許を取得した現在でいう蔵元が生まれるに至りました。 記録によると、当時55件の蔵元あったそうです。
その後、統廃合を経て現在では七つの蔵元焼酎造りに切磋琢磨しており、それぞれが伝統の製法を守り続けながら、 新たな焼酎づくりに挑戦し、世界中で高く評価されています。

世界に認められた麦焼酎発祥の地 壱岐

イメージ 壱岐焼酎の歴史は16世紀まで遡り、麦焼酎発祥の地として知られています。 500年受け継がれてきた、伝統の製法が認められ、WTO(世界貿易機関)の「地理的表示」産地指定を受けました。「産地指定」は焼酎がその土地で生まれ、その土地で作られて来た、その土地ならではの物しか、受けられません。
これにより壱岐焼酎は、ウイスキーの「バーボン」「スコッチ」、ワインの「ボルドー」「シャンパーニュ」など、世界的に知られた銘酒の仲間入りを果たしました。

「壱岐焼酎」と呼ばれるための条件
  1. 原料は大麦2/3、米1/3の割合で醸造
  2. 壱岐島内の水を使って仕込む
  3. 壱岐島内の蒸留・容器詰めを行う

添加物は一切使用しない、こだわりの酒づくり

イメージ 「壱岐っ娘」は厳選した原料(米麹1/3、大麦2/3)玄武岩層で長い年月をかけて磨かれた清冽な自然水を使い、 江戸時代より壱岐に伝わる伝統的な技法に加え、減圧蒸留という最新の蒸留技術を用いた壱岐焼酎の逸品です。

「壱岐っ娘」、イラストの作者は長岡秀星

イメージ 長崎県壱岐生まれ。10代後半からイラストレーションの仕事を始め、その後アメリカに渡る。
メンタルピクチュア優秀賞、ローリングストーン誌最優秀賞アルバムカバー賞、国際イラストレーション展優秀賞など数々の賞を受賞。世界のトップイラストレーターとして活躍した。

飲酒は20歳を過ぎてから、お酒は楽しく適量を。
妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に影響するおそれがありますので、気をつけましょう。
空きびんはお取扱い店へお戻しください。飲んだあとはリサイクル。

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